深山 治久(東京医科歯科大学歯学部歯科麻酔学講座 講師)
はじめに

このたび,ワンド(Wand)という局所麻酔注射器が新たに開発・販売された.この注射器(図1・クロスフィールド(株))は従来の注射器とは外観から大きく異なり,操作方法も患者に苦痛を与えずに局所麻酔注射をするための様々な工夫がなされている。本稿ではこの局所麻酔注射器の特徴と使用法について紹介し,使用経験を報告する。
図1 電気駆動の本体にカートリッジをセットし、滅菌済みのハンドピースを通じて注入する.注入は空気駆動のフットコントローラーで制御する.


ワンド(Wand)

図1に示すように,ワンドは駆動部,ハンドピース,フットコントローラーからなる.滅菌済みのハンドピース(図2)は注射針と同じ働きをするので,1回だけの使用とする.従来の注射器は,薬剤注入を手指でコントロールしていたが,ワンドは図3のフットコントローラーで行う.浅く踏むと低速,深く踏むと高速の流量で,麻酔薬が電動の駆動部から供給される.本器の大きな特徴は,注入される組織の圧に関係なく,一定流量を注入できることで,針先の圧をモニターしながら流量を一定に保っている.すなわち,傍骨膜注射や下顎孔伝達麻酔では,組織は比較的疎で圧力はそれほど必要ないので,注入圧を下げ,骨膜下注射のように組織が密で高い注入圧が必要なら注入圧を上げて,流量を一定に保とうとしている.図4のように準備を整えて局所麻酔注射を行う.軽量のハンドピースは,ペングリップで把持することができ(図5,6),従来,前腕と手指のかなりの力を要した注入をフットコントローラーで機械的に操作できるので,ほとんど力を要さない.また,組織内に針を進めるときに捻るような回転をさせると,針の進行方向がずれにくいという.さらに,吸引モードを設定することもでき,麻酔薬の血管への誤注入を予防できる.麻酔薬の注入スピードは,低速で行うと1.8mlのカートリッジ1本を注入するには約4分30秒を要するほど緩徐で,このために組織や骨膜を剥がすような強圧がかからずに,痛みのない注入ができるとしている.

図2 ハンドピースは注射器と一体になるので,再使用はできない. 図3 フットコントローラーを浅く踏むと低流量で,深く踏み込むと高流量で注入できる.吸引モードにしておくと,ペダルを放すと自動的に吸引テストをする. 図4 準備が完了したら,針は本体の所定の位置に置く.

図5,6 ハンドピースは軽くて操作がしやすい.また,回転させながら組織内を進めることができ,注入時の痛みを緩和できる. 図7 上顎神経の前上歯槽枝(ASA),中上歯槽枝(MSA),後上歯槽枝(PSA)の走行.


臨床使用上の利点

浸潤麻酔はもちろんのこと,下顎孔伝達麻酔,歯根膜内麻酔もこの1台で行える.さらに,上顎神経の前上歯槽枝,中上歯槽枝にも効果的な麻酔が得られることは特筆すべきである. 上顎神経の前・中上歯槽枝の走行を図7に示す.ワンドを用いると片側の中切歯から第2小臼歯までを麻酔することができる.注射針の刺入部位は,図8に示すような口蓋部で,実際の刺入点を図9に示す.同じ部位の浸潤麻酔を行ったときには図10で認められるように,上口唇にも麻酔効果が及び,ひきつれが起きてしまい,審美的な評価ができなくなってしまう.ところが,ワンドによる前・中上歯槽枝の麻酔では麻酔効果が口唇に及ぶことはなく,図11のように正確な評価が可能となる. このワンドは,歯根膜内麻酔にも応用できる.低速で注入すると,図12に示すように歯肉が白く虚血状態なり,麻酔効果が確認できる.